収納の悩み
お客様が分譲マンションに限らず、賃貸マンションでもモデルルームでも大きな関心を持たれる場所に「収納スペース」があります。
「あら、この押入れ見た目より奥行き狭いのね」とか
「このウォーキングクロ-ゼット両方のお部屋から入れるのね。でも収納スペースは、減ってしまうのね」
「キッチンは狭くないかしら?」
などなどです。人は人と暮らすよりモノと暮らしているのではないかと思うほど、モノは住まいにあふれています。
例えばキッチンを見てみましょう。大きな冷蔵庫があり、家電メーカーの宣伝は、同じスペースで省エネで大容量を誇るものです。流し台の下にも頭上にも開き戸の(最近は引き手のものもありますが)モノ入れがあります。
流しの後ろには、食器棚のような収納場所があります。一時システムキッチンといえば大容量の壁面中扉だらけ(?)の収納棚も流行りました。これなどは、「しまうところが無い!」という当時の人々の大きな憧れになりました。(結局、これはどこに何がしまってあるか分らなくなる、という結果になりましたが)
大きな冷蔵庫は、実は戦後の貧しい時代に日本人がアメリカの家庭の冷蔵庫にあこがれた結果でした。
ディズニーの初期のアニメ映画に出てくる冷蔵庫の豊富なミルクや肉に、当時の日本人は、圧倒されたものです。1~2週間に1度の買い物を自動車でする生活は、冷凍技術の発達と共に急速に住宅に食品のストックを増やしました。しかも買い物は郊外のショッピングセンターで。昔は、近所の八百屋や肉屋で買い物をしましたが、住宅地のドーナツ化は、アメリカ的な生活を可能にしました。このことは、女性の家事の負担も軽減し、外で働く機会も増やしました。
豊かさは、当然にモノを増やします。四季のある日本は衣類も多く、家具も家電も大型化し、観葉植物も、ペットを飼えば餌の缶詰も、スキーもゴルフバッグもテニスのラケットも、趣味が増えれば道具も増え、車も徐々に大きくなりました。子供のものもおもちゃや本もどんどん増えてきます。
食事も世界の食材が手に入る時代になり、朝はアメリカンブレックファースト、昼は中華、夜は和食、明日の休みには、知人を招いてイタリアンでワインパーティ、夏はアウトドアでバーベキューなどなどそのための料理道具や、食器もそろえれば、収納スペースはいくらあっても足りないくらいでしょう。
でも、最近は少し様子が変わってきました。
バブルもはじけ、不良債権の山の処理も終えつつある時代を、人々は経験してきました。
量から質へ、質から味へ、と広告のコピーではないですが、ただ買い込めばよい、量が多ければよい時代は終わり、丈夫で長持ちも当たり前、どんなテイストか、しかも人によってはスローライフを心がけ、シンプルで無駄の無い、あまり欲をかかないで、自分の考えに合ったものだけを選ぶ時代になりました。
お年寄りによくあるように、もったいなくて、何でもとっておくとういう収納の時代は終わったようです。
しまっておくスペースの高価さを考えても、モノを使いこなすことを考えても、多くのモノは無駄に「死蔵」されている可能性が高いのです。
収納の技術の究極は「捨てる」ことだ、という本やエッセイをよく見かけます。そんな本を読んで、どのくらいの人が実践できているのでしょう。この手の本がしょっちゅうでていることは、いつでもこんな悩みを持っている人が多くいるということでしょう。「捨てればいいのに捨てられない」悩みです。
結局、何か買ったら何か捨てなければ入りません。買うときにそのことを考えるかどうか、でしょう。
無限に広げてゆくことはできないし、何があるかを憶えていることにも限界があります。年をとってゆけばなおさらにそのことは確実です。人が管理できる、言ってみればどこになにがしまってあり、いつでも使いこなせる適切なスペースはどのくらいなのかを、考える時代になったということでしょう。
私どもの提供する分譲マンションはその答えのひとつだと思います。「マトレ小田原」や「レクセルマンション相模原」、「レクセルプライム新浦安」は、日本の都会の家族のための新収納を提案しています。
日本は就業人口も第三次産業が増え、都市の時代になりました。都会での生活のスペースと持ち物とその収納は、悩みつつ、考えてゆく大きなテーマのような気がします。